はじめに
婚活を始めると、多くの男性が「女性についてもっと知らなければならない」と考えるようになる。
どういう女性が結婚相手として人気なのか。女性は男性のどこを見ているのか。なぜ自分はうまくいかないのか。どうすれば女性に選ばれるのか。そんな疑問や不安を抱えながら、情報を探し始める。
そして、その過程で多くの人がたどり着くのが、X(旧Twitter)だ。
Xには、恋愛や婚活について語るアカウントが無数に存在する。その中でも、とりわけ強い言葉で注目を集めるのが、水商売経験者や夜職関係者による男女論だ。
「女は結局、お金しか見ていない。」
「低年収男に人権はない。」
「男なんてチョロい。」
「結婚なんてコスパが悪い。」
「女性は全員計算高い。」
刺激的な言葉は、驚くほど頭に残る。そして、婚活で傷ついた経験がある男性ほど、「やっぱりそうだったのか」と妙に納得してしまう。
しかし、ここで一度立ち止まってほしい。
その情報は、本当にあなたが知りたい『現実』なのだろうか。
もちろん、水商売で働く女性の経験そのものを否定したいわけではない。彼女たちは彼女たちの環境の中で、数多くの男性を見てきたのだろう。その経験談には学べる部分もある。
ただ、忘れてはいけないことがある。
それは、彼女たちが見ている世界は、極めて特殊な世界だということだ。
毎晩のようにお金を使う男性。承認欲求の強い男性。見栄を張る男性。恋愛感情と消費行動が入り混じった関係性。そうした環境で得られた「男性観」や「女性観」を、そのまま一般社会の恋愛や結婚に当てはめてしまえば、現実とのズレが生じるのは当然である。
そして何より怖いのは、そのズレた男女観が、あなた自身の婚活を壊してしまうことだ。
女性を最初から疑うようになる。相手の言葉の裏を読もうとする。減点方式で人を見るようになる。気づけば、「女性という存在」と戦うことに必死になり、目の前の一人の人間を見ることができなくなる。
婚活に必要なのは、誰かを憎むための知識ではない。
目の前の相手を理解し、自分自身を磨き、現実の経験を積み重ねていく姿勢だ。
SNSは便利な情報源だ。しかし、それはあくまでも参考資料のひとつに過ぎない。人生の教科書ではない。
本記事では、なぜXの水商売アカに過度に影響されるべきではないのか、なぜ人は過激な男女論に惹かれるのか、そして婚活男性が本当に見るべき「現実」とは何なのかについて、婚活という視点から掘り下げていきたい。
もし今、SNSの男女論を読んで女性不信になっているなら、あるいは「女なんてどうせ……」という諦めを抱え始めているなら、ぜひ最後まで読んでほしい。
あなたが結婚する相手は、「女性という概念」ではない。
目の前に現れる、たった一人の人間なのだから。
第1章 なぜ男はXの男女論にハマるのか
「Xの水商売アカなんて見なければいい。」
そう言われて、「はい、そうですね」と簡単にやめられるなら苦労はしない。
実際には、多くの男性が一度はこの手のアカウントにハマる。そして、気づけばタイムラインには男女論ばかりが並び、「女とはこういうものだ」という世界観に染まっていく。
では、なぜ男性はそこまで過激な男女論に惹かれるのだろうか。
それは、男性が愚かだからでも、女性に恨みを抱いているからでもない。
むしろ、ごく自然な心理の延長線上にあるものだ。
婚活は「正解」を探したくなるゲームである
婚活を始めると、多くの男性は戸惑う。
仕事には正解がある。
資格試験にも正解がある。
プログラミングにもエラーの原因がある。
筋トレにも適切なフォームがある。
努力の方向性が正しければ、基本的には結果はついてくる。
しかし、婚活は違う。
頑張ったからといって、必ずうまくいくわけではない。
年収を上げても断られる。
清潔感を整えても断られる。
会話を工夫しても断られる。
「話していて楽しかったです」と言われた翌日に、お断りの連絡が来ることもある。
すると、人は考える。
「何が悪かったんだ?」
「女性は何を求めているんだ?」
「どうすれば正解なんだ?」
と。
この「正解を知りたい」という欲求自体は、ごく自然なものだ。
むしろ、真面目に婚活に取り組んでいる人ほど強い。
だからこそ、「女性の本音を教えます」という情報に飛びついてしまうのである。
人は複雑な現実より、単純な答えを好む
現実は複雑だ。
女性にもいろいろな人がいる。
価値観も違う。
育った環境も違う。
何を重視するかも違う。
年収を重視する人もいれば、安心感を重視する人もいる。外見を重視する人もいれば、ユーモアを重視する人もいる。
しかし、この説明は面倒だ。
複雑すぎる。
一方で、
「女は金しか見ていない。」
「結局イケメンしか勝たない。」
「女は全員○○である。」
こうした言葉は非常にわかりやすい。
考えなくていい。
悩まなくていい。
世界をシンプルに理解した気になれる。
人間の脳は、本来こういう単純化を好むようにできている。
だからこそ、極端な男女論は魅力的なのだ。
傷ついた経験は、過激な意見を受け入れやすくする
さらに厄介なのは、「過去の失敗経験」があるほど、この手の情報が刺さることだ。
たとえば、
マッチングアプリで既読スルーされた。
デート後に突然フェードアウトされた。
真剣交際目前で断られた。
結婚相談所で連敗した。
こうした経験をすると、自尊心は傷つく。
そして、人は理由を探し始める。
「俺に魅力がなかったのか?」
「会話が下手だったのか?」
「努力が足りなかったのか?」
しかし、自分に原因がある可能性を受け入れるのは苦しい。
だからこそ、
「いや、女が悪いんだ。」
「女なんてそんなものだ。」
という説明は、ある意味で救いになる。
自分を責めなくて済むからだ。
もちろん、実際に理不尽な経験をすることもあるだろう。
誠実に向き合ったのに雑に扱われることもある。
だが、一部の嫌な経験から「女性全体とはそういう存在だ」と結論づけてしまうと、現実を見る目は曇っていく。
怒りは中毒になる
SNSで最も拡散される感情は何だろうか。
幸福だろうか。
感謝だろうか。
もちろんそれらも拡散される。
しかし、それ以上に強いのが「怒り」である。
「こんな女はヤバい!」
「こんな男は終わってる!」
「○○な奴らはクズ!」
こうした投稿は驚くほど伸びる。
なぜなら、人は怒っているときほど反応したくなるからだ。
「わかる!」
「本当にそう!」
「自分も同じ経験をした!」
そんな共感が連鎖し、さらに過激な投稿が求められる。
すると、発信者もどんどん刺激の強い言葉を使うようになる。
昨日までは、
「こういう女性もいますよ。」
だったものが、
今日は、
「女は全員こう。」
になり、
明日は、
「だから結婚なんてするな。」
になる。
怒りは麻薬に似ている。
一時的にはスッキリする。
しかし、その刺激に慣れると、もっと強い怒りを求めるようになる。
気づけば、タイムラインを見ただけでイライラする状態になっている。
Xのアルゴリズムは過激派を育てる
さらに問題なのが、Xの仕組みそのものだ。
あなたが男女論の投稿を少しでも読む。
いいねを押す。
引用を見る。
リプライを読む。
すると、Xはこう判断する。
「この人は男女論に興味がある。」
すると、似たような投稿を次々に表示する。
やがてタイムラインは、
男女対立。
結婚否定。
弱者男性論。
弱者女性論。
高年収論争。
奢り奢られ論争。
そんな話題ばかりになる。
すると、人は錯覚する。
「みんなこう考えているんだ。」
「世の中の女性はこうなんだ。」
と。
しかし、実際には違う。
単に、あなたのタイムラインが偏っているだけなのだ。
SNSは現実ではない。
SNSは、あなたが反応したものを濃縮して返してくる鏡である。
だからこそ、見続ければ見続けるほど、世界は極端に見えるようになる。
女性経験の少なさを、SNSで埋めようとしてはいけない
恋愛経験が少ないことは悪いことではない。
婚活を始める年齢も人それぞれだ。
三十代から本格的に異性と向き合い始める男性も珍しくない。
問題なのは、その経験不足をSNSだけで補おうとすることだ。
恋愛や結婚は、人間関係である。
実際に話してみなければわからない。
会ってみなければわからない。
相手の表情、声のトーン、気遣い、価値観、優しさ。
そういうものは、140文字の投稿では絶対に伝わらない。
それなのに、SNSだけで女性を理解した気になると、現実とのギャップに苦しむことになる。
「知った気になること」が最大の落とし穴
本当に怖いのは、極端な男女論が「完全な嘘」ではないことだ。
一部は事実なのである。
お金を重視する女性もいる。
男性を利用する女性もいる。
承認欲求の強い人もいる。
だからこそ、余計に信じてしまう。
しかし、一部の事実は全体の真実ではない。
一〇〇人いれば、一〇〇通りの価値観がある。
本来なら、その複雑さを受け入れなければならない。
だが、人は楽な答えを選びたくなる。
「女とはこういうものだ。」
そう決めつけた瞬間、思考は止まる。
そして、目の前の一人を見ることができなくなる。
婚活で本当に必要なのは、女性という巨大なカテゴリーを理解することではない。
目の前の相手と向き合い、「この人はどんな人なのだろう」と考え続けることだ。
その地道な姿勢こそが、結局は最も遠回りに見えて、最短距離なのである。
次章では、水商売という世界そのものが、なぜ一般社会とは大きく異なる「特殊環境」なのかについて掘り下げていきたい。
第2章 水商売の世界は“特殊環境”である
「でも、水商売の女性ってたくさんの男性を見てきたんだから、女性心理について一番詳しいんじゃないの?」
そう思う人もいるかもしれない。
実際、キャバクラやラウンジ、クラブなどで働いている女性は、多くの男性と接している。営業として会話をし、相手の懐に入り、喜ばせ、また来店してもらう。中には経営者や医師、士業、芸能関係者など、いわゆるハイスペック男性と接する機会も少なくない。
だからこそ、彼女たちの発信には妙な説得力がある。
「こんなにたくさんの男を見てきた人が言うんだから、本当なんだろう。」
そう感じてしまうのだ。
しかし、ここで冷静に考えてみてほしい。
あなたが結婚したい相手は、キャバクラの客だろうか。
あるいは、あなた自身はキャバクラで毎晩何万円、何十万円も使うような男性だろうか。
おそらく違うはずだ。
つまり、水商売の現場で観察される男女関係と、一般的な恋愛・婚活市場で起きている男女関係は、そもそも前提条件がまったく違うのである。
「たくさんの男性を見ている」は「あらゆる男性を見ている」ではない
これは非常に重要なポイントだ。
たとえば、整形外科医は毎日たくさんの患者を見る。
しかし、その経験だけで「健康な人の身体の平均像」を正確に把握できるとは限らない。
なぜなら、病院には何らかの不調を抱えた人が集まるからだ。
精神科医は精神的な悩みを抱えた人と多く接する。しかし、その経験だけで「世の中の平均的なメンタル状態」を判断すると、現実とのズレが生じる。
同じように、水商売の現場には「特定の傾向を持った男性」が集まりやすい。
お金を使うことに抵抗がない男性。
女性からの承認を求める男性。
寂しさを抱えている男性。
見栄を張りたい男性。
仕事のストレス発散を求める男性。
恋愛ではなく疑似恋愛を楽しみたい男性。
もちろん、全員がそうではない。
だが、一般的な婚活市場と比較すれば、かなり偏った集団であることは否定できない。
つまり、「たくさんの男性を見ている」という事実は、「日本の男性全体を見ている」という意味ではないのだ。
水商売は「恋愛」ではなく「接客業」である
もう一つ忘れてはいけないのが、水商売は仕事だということだ。
相手を楽しませる。
気分よく帰ってもらう。
また来店してもらう。
売上を上げる。
それが仕事である。
そのため、夜職では一般的な恋愛とは異なるスキルが発達する。
相手を褒める。
気持ちよく話させる。
「この子は自分に気があるのでは」と思わせる。
絶妙な距離感を保つ。
嫉妬を刺激する。
特別扱いを演出する。
これらは、恋愛感情そのものというより、「接客技術」に近い。
たとえば、高級ホテルのコンシェルジュが素晴らしい接客をしてくれたからといって、「これが一般人の友人関係の基準だ」と考える人はいないだろう。
ディズニーランドのキャストの対応が素晴らしいからといって、「世の中の全員がこれくらい親切なはずだ」とは思わない。
それと同じで、水商売の現場で培われた人間関係の感覚を、そのまま恋愛や結婚に持ち込むのは危険なのである。
夜の世界では「お金」が強い影響力を持つ
夜職アカウントの発信を見ていると、驚くほどお金の話が多い。
「年収○○万円以下は無理。」
「デート代を出せない男は論外。」
「ケチな男は捨てろ。」
「高級店に連れて行けない男は価値がない。」
こうした投稿を見ていると、「女性って結局、お金しか見てないのか」と感じてしまう男性もいるだろう。
しかし、これも環境によるバイアスを考える必要がある。
夜の世界では、売上が重要だ。
お客様がどれだけお金を使うかが、そのまま評価につながる。
高額のシャンパン。
ボトルキープ。
指名料。
同伴。
そうした金銭的なやり取りが日常化している環境では、「お金を使う男性=良い男性」という感覚が強くなりやすい。
それは職業上、ある意味では当然のことだ。
しかし、一般的な結婚生活において重要なのは、それだけではない。
安定した生活習慣。
誠実さ。
価値観の一致。
家事育児への協力。
感情のコントロール。
思いやり。
困難を一緒に乗り越える力。
こうした要素は、水商売の現場では見えにくい。
なぜなら、短時間の接客の中では判断しづらいからだ。
普通の女性は、SNSで発信しない
ここで一つ、非常に大きな落とし穴がある。
それは、「普通の女性の声は可視化されにくい」ということだ。
考えてみてほしい。
会社員として働き、友人と食事をし、休日は趣味を楽しみ、結婚相手を探している女性がいたとする。
その女性は、
「今日も普通に仕事して疲れた。」
「婚活うまくいかないな。」
「でも、いい人がいたら結婚したいな。」
そんな日常を送っている。
では、その人はXで毎日、
「男って本当に○○。」
「年収○○万円以下は人権ない。」
「全男性はこう。」
などと発信するだろうか。
おそらくしない。
忙しいからだ。
普通に生きているからだ。
わざわざSNSで男女対立を煽るインセンティブがないからだ。
一方で、刺激的な発言は注目を集めやすい。
フォロワーも増える。
反応も得られる。
だからこそ、SNSでは極端な意見ほど目立つ。
そして、人はそれを「多数派の意見」だと勘違いしてしまう。
だが、本当に多数派なのは、わざわざ発信していない普通の人たちなのである。
「特殊な環境の常識」を一般化してはいけない
もちろん、夜職の女性の発信がすべて間違っていると言いたいわけではない。
男性の見栄。
承認欲求。
恋愛下手な行動。
清潔感の重要性。
会話力の差。
そうした指摘には、学べる部分もある。
むしろ、耳が痛い正論も少なくない。
問題なのは、それを一般化することだ。
「こういう男性をたくさん見てきた。」
と、
「男性全員がこうである。」
は違う。
「こういう女性がいる。」
と、
「女性全員がこうである。」
も違う。
特殊な環境で得られた知見は、あくまでも特殊な環境の知見として扱うべきなのだ。
婚活男性が本当に見るべき現実
婚活男性が見るべきなのは、Xのタイムラインではない。
実際に会った女性たちだ。
結婚相談所で出会った女性。
マッチングアプリで出会った女性。
婚活パーティーで話した女性。
職場や友人の紹介で出会った女性。
もちろん、その中には合わない人もいる。
理不尽な人もいる。
失礼な人もいる。
だが同時に、真面目に結婚を考え、悩みながら婚活をしている普通の女性も数多く存在する。
そして、そうした「普通の人たち」は、SNSではほとんど目立たない。
だからこそ、現実を見失ってはいけない。
水商売の世界には、水商売の真実がある。
しかし、それは恋愛や結婚の真実そのものではない。
婚活で大切なのは、誰かの極端な体験談を信仰することではなく、自分自身の経験を通じて現実を学び続けることだ。
そして、その積み重ねこそが、「女性という概念」ではなく、「目の前の一人の人間」を理解する力につながっていくのである。
次章では、多くの男性を苦しめる「女は結局、金しか見ていない」という誤解について、もう少し踏み込んで考えていきたい。
少し補足すると、この章は「女性はお金を見ない」という綺麗事にすると逆に説得力がなくなる。
「女性はお金を見る。でも、“お金しか見ていない”わけではない」
という現実的なスタンスで書いたほうが、婚活男性には刺さると思う。
第3章 「女は金しか見ていない」という誤解
「結局、女は金だよ。」
婚活をしている男性なら、一度は聞いたことがある言葉ではないだろうか。
Xを開けば、
「年収500万円の男は相手にされない。」
「低年収男性に人権はない。」
「女はATMを探しているだけ。」
「結婚は男の搾取。」
そんな過激な投稿が目に入る。
そして、婚活で何度かうまくいかなかった男性ほど、この言葉は妙に心に刺さる。
「やっぱりそうだったのか。」
「俺の年収が低いからダメなんだ。」
「女性なんて結局、金しか見ていないんだ。」
そう結論づけたくなる気持ちは、正直よくわかる。
だが、この問題はもう少し冷静に考える必要がある。
結論から言えば、
女性はお金を見る。
しかし、お金しか見ていないわけではない。
というのが、現実に最も近い答えだ。
男だって相手を「条件」で見ている
まず最初に確認したい。
男性は本当に、女性を条件で見ていないのだろうか。
そんなことはない。
多くの男性は、
「できれば若い女性がいい。」
「太っていないほうがいい。」
「清潔感があるほうがいい。」
「愛嬌があるほうがいい。」
「家庭的な人がいい。」
「ヒステリックじゃない人がいい。」
と思っている。
つまり、男性も普通に相手を選別している。
女性だけが条件を見るわけではない。
人間は誰しも、「一緒に人生を歩む相手」を選ぶときには条件を見るのである。
にもかかわらず、女性がお金を見ることだけを取り上げて、
「女は金しか見ていない。」
と非難するのは、少しフェアではない。
なぜ女性はお金を見るのか
では、なぜ女性は男性の収入を気にするのだろうか。
それは、結婚が生活だからだ。
恋愛だけなら、
「好きだから。」
で成立することもある。
しかし結婚となれば違う。
家賃。
食費。
光熱費。
教育費。
住宅ローン。
医療費。
老後資金。
子どもを持つなら、さらに多くのお金が必要になる。
そして現実問題として、妊娠・出産によって女性のキャリアが一時的に制限されるケースは今でも少なくない。
だから、
「この人となら安心して家庭を築けるだろうか。」
という視点で男性を見るのは、ごく自然なことだ。
それは打算ではなく、生存戦略でもある。
極端な話をすれば、
「仕事はすぐ辞めます。」
「貯金はありません。」
「生活設計もありません。」
「将来のことは何も考えていません。」
という男性より、
「真面目に働いています。」
「家計管理も考えています。」
「将来設計もあります。」
という男性のほうが選ばれやすいのは当然だろう。
それを「金目当てだ」と切り捨てるのは簡単だ。
だが、本当にそうだろうか。
「高年収なら無双できる」は幻想である
ここで、多くの婚活男性が抱くもう一つの誤解がある。
それは、
「結局、金なら、年収を上げれば全部解決するんでしょ?」
という考えだ。
確かに、年収は武器になる。
これは否定できない。
年収300万円より500万円。
500万円より700万円。
700万円より1000万円。
一定の範囲までは、婚活市場で有利に働くことは事実だ。
しかし、
「高年収=モテる」
ではない。
実際、結婚相談所でも、
年収1000万円なのに苦戦している男性はいる。
逆に、年収500万円前後でも成婚していく男性もいる。
その違いは何か。
清潔感。
コミュニケーション能力。
感情の安定。
誠実さ。
思いやり。
柔軟性。
生活力。
つまり、
年収は必要条件になることはあっても、十分条件ではない。
のである。
もし本当に「女性は金しか見ていない」のなら、高年収男性は全員結婚できているはずだ。
しかし現実はそうではない。
水商売の世界では「お金」が過大評価されやすい
ここで再び、水商売という特殊環境の話に戻ろう。
夜の世界では、お金は非常に大きな意味を持つ。
たくさんお金を使う人ほど、売上に貢献する。
高額のシャンパンを入れる。
頻繁に通う。
指名する。
だから、
「お金を使う男性=価値が高い男性」
という感覚が形成されやすい。
しかし、それはあくまで夜の世界のルールだ。
結婚生活では、
毎日シャンパンを入れてくれることよりも、
洗い物をしてくれることのほうが大切かもしれない。
高級ディナーに連れて行ってくれることよりも、
体調を崩したときに看病してくれることのほうが重要かもしれない。
ブランドバッグを買ってくれることよりも、
子どもの寝かしつけを一緒にしてくれることのほうがありがたいかもしれない。
恋愛市場と結婚市場では、「価値」の定義そのものが違うのである。
「金しか見ていない女」に執着する男
皮肉なことに、
「女は金しか見ていない。」
と強く主張する男性ほど、
実は「金しか見ていない女性」にばかり目を向けていることがある。
SNSでそういう投稿ばかり見る。
インフルエンサーの過激発言ばかり追う。
夜職アカウントばかりフォローする。
すると、
「世の中の女性はみんなこうなんだ。」
という錯覚に陥る。
だが、現実には、
堅実に働く会社員女性もいる。
共働きを前提に考えている女性もいる。
「一緒に頑張れる人がいい」と考える女性もいる。
年収より人柄を重視する女性もいる。
もちろん、「高年収男性がいい」と考える女性もいる。
しかし、それは女性全体ではない。
一部である。
そして、一部を全体だと思い込んでしまうことこそが危険なのだ。
本当に見るべきなのは「稼ぐ力」より「生きる力」
婚活男性が磨くべきなのは、単純な年収だけではない。
もちろん、仕事を頑張ることは大切だ。
経済力を高める努力も必要だ。
しかし、それ以上に重要なのは、
きちんと働けること。
感情をコントロールできること。
健康を維持できること。
人と協力できること。
生活を整えられること。
問題が起きたときに一緒に解決できること。
つまり、
「この人となら、長い人生を一緒に歩めそうだ」と思われる力
である。
年収1000万円でも、怒鳴る人とは暮らしたくない。
高級車に乗っていても、家事を一切しない人とは疲れる。
逆に、飛び抜けた高収入ではなくても、
穏やかで、誠実で、協力的な人は結婚していく。
婚活市場の現実は、SNSで語られるほど単純ではない。
「金を見る女」を憎む前に
女性がお金を見ること自体は、悪ではない。
男性が若さや容姿を見ることと同じように、それは現実の一部だ。
問題なのは、
「だから女は全員クズだ。」
「だから結婚なんて無意味だ。」
と飛躍してしまうことだ。
一部の事実から、全体を断定する。
それは思考停止であり、自分自身の可能性まで狭めてしまう。
婚活は、「女性という生き物」を攻略するゲームではない。
目の前の一人の人間と、人生を共にできるかを確かめ合うプロセスである。
そして、その相手もまた、
「この人となら安心して生きていけるだろうか。」
という視点で、あなたを見ている。
だからこそ、「女は金しか見ていない」という怒りに飲み込まれるのではなく、
では、自分はどんな人生を共にできる人間なのか。
という問いに向き合ったほうが、婚活はずっと前に進むのである。
次章では、「女は全員計算高い」「女性はみんな腹黒い」といった、もう一つの代表的な誤解について掘り下げていきたい。
第4章 「女は全員計算高い」という誤解
「女性って、結局みんな計算高いんですよね。」
婚活をしている男性と話していると、こうした言葉を聞くことがある。
「最初は優しかったのに、もっと条件のいい男が現れたら乗り換えられた。」
「マッチングアプリでキープされていた。」
「デート代だけ払わされて終わった。」
「こちらの年収や職業を知った瞬間に態度が変わった。」
こうした経験をすると、「女性不信」になるのも無理はない。
そして、Xを開けば、
「女は全員したたか。」
「女性は本音と建前を使い分ける。」
「男は利用されるだけ。」
「恋愛市場において女性は生まれながらの勝者。」
そんな投稿が次々と流れてくる。
すると、人は思う。
「やっぱり、女性ってみんな腹黒いんだな。」
と。
だが、本当にそうなのだろうか。
結論から言えば、
女性の中には計算高い人もいる。
しかし、『女性だから計算高い』のではなく、『人間だから計算する』のである。
この視点を忘れると、婚活は一気に苦しくなる。
人は誰でも「損をしたくない」
まず前提として、人間は合理的な生き物だ。
男性も女性も、「できるだけ良い選択をしたい」と考える。
たとえば男性だって、
「この人とは価値観が合わないな。」
「もっと相性のいい人がいるかもしれない。」
「将来を考えると不安だな。」
と思えば、交際を続けないことがある。
これは計算だろうか。
ある意味ではそうだ。
しかし、それを悪意とは呼ばない。
人生のパートナーを選ぶ以上、
誰だって失敗したくない。
誰だって後悔したくない。
誰だって幸せになりたい。
そのために比較し、悩み、考える。
つまり、
「計算すること」と「悪意があること」は別問題なのである。
男性は「純粋な愛」を求めすぎることがある
ここで、婚活男性が陥りやすい罠がある。
それは、
「自分の条件とは関係なく、ただ自分自身を愛してほしい。」
という願望だ。
もちろん、その気持ちはわかる。
年収でもない。
学歴でもない。
肩書きでもない。
ありのままの自分を好きになってほしい。
誰だってそう思う。
だが、現実は少し残酷だ。
男性だって、
「20歳年上でも中身が良ければいい。」
「見た目は完全に好みじゃなくても問題ない。」
「生活力がゼロでも愛だけで大丈夫。」
と考える人は少数派だろう。
つまり、男性も女性も、
「人柄」と「条件」の両方を見ている。
それなのに、女性だけに対して、
「条件を見るなんて打算的だ。」
と怒ってしまうのは、不公平でもある。
「いい人だったのに振られた」は悪意ではない
婚活をしていると、
「すごくいい人だったんですけど……。」
という理由で交際終了になることがある。
この言葉を聞いて、
「どうせ建前だろ。」
「もっと条件のいい男がいたんだろ。」
と受け取る男性もいる。
もちろん、本音を隠しているケースもあるだろう。
だが、本当に「悪い人ではないけれど、恋愛感情が湧かなかった」ということもある。
実際、自分自身を振り返ってみてほしい。
優しい。
真面目。
誠実。
でも、どうしても恋愛対象として見られない。
そんな相手はいなかっただろうか。
相手を傷つけたくないからこそ、
「いい人なんですけど……。」
という言葉になることもある。
それをすべて、
「女は計算高い。」
で片づけてしまうと、人間関係の複雑さが見えなくなる。
SNSでは「悪女」がバズる
ここで、SNSの構造を思い出してほしい。
普通の女性の話は伸びない。
「今日は彼氏とスーパーに行って、夕飯を作って、一緒にテレビを見ました。」
そんな投稿は、ほとんど拡散されない。
しかし、
「年収400万円の彼氏を捨てて医者と結婚しました。」
「奢らない男は論外。」
「婚活男はATM。」
こうした刺激的な投稿は伸びる。
なぜか。
感情を揺さぶるからだ。
怒り。
嫉妬。
嫌悪。
驚き。
人は強い感情を抱くと反応したくなる。
結果として、
「悪女」の存在ばかりが可視化される。
すると、
「世の中にはこんな女性ばかりなんだ。」
という錯覚が生まれる。
しかし、実際には違う。
静かに生きている普通の人たちは、SNS上では目立たないだけなのだ。
女性もまた、男性に傷つけられている
これはあまり語られないが、
婚活女性の側にも、男性に対する不信感は存在する。
急に連絡が途絶える。
結婚願望があると言いながら遊び目的だった。
デート中に失礼な態度を取られる。
見下した発言をされる。
暴言を吐かれる。
既婚者だった。
「いい人だと思ったのに裏切られた。」
そんな経験をしている女性も少なくない。
だからこそ、女性側にも警戒心が生まれる。
つまり、
男性も女性も、お互いに傷つきながら婚活している。
のである。
どちらか一方だけが被害者ではない。
そして、傷ついた経験があるからこそ、人を見る目が厳しくなる。
それを「計算高い」と切り捨てるのは簡単だ。
しかし、その背景には不安や恐怖も存在している。
「試す男」になってはいけない
女性不信が強くなると、男性は相手を試し始める。
わざと返信を遅らせる。
奢らずに反応を見る。
年収を隠す。
意地悪な質問をする。
嫉妬させる。
「本当に俺のことを好きなのか確認したい。」
そんな気持ちからだ。
しかし、これは逆効果である。
なぜなら、
信頼されたいのに、信頼できない行動を取っているからだ。
目の前の相手は敵ではない。
裁判官でもない。
攻略対象でもない。
一緒に人生を歩めるかもしれない、一人の人間だ。
それなのに、「どうせ女は裏切る」という前提で接すれば、当然うまくいかなくなる。
そして、その失敗をまた、
「やっぱり女は計算高い。」
という証拠として受け取ってしまう。
こうして悪循環が始まる。
「女性という概念」を愛することはできない
結局のところ、
「女性は全員計算高い。」
という考え方の最大の問題は、
女性を一人の人間として見られなくなることにある。
優しい人もいる。
不器用な人もいる。
真面目な人もいる。
ズルい人もいる。
傷つきやすい人もいる。
たくましい人もいる。
それは男性も同じだ。
世の中には誠実な男性もいれば、不誠実な男性もいる。
だからこそ、
「女性とはこういう生き物だ。」
という大雑把な理解ではなく、
「この人は、どんな人なのだろう。」
という視点が大切になる。
婚活とは、「女性」という巨大なカテゴリーと戦うことではない。
目の前の一人と向き合うことだ。
そして、その一人を理解する努力を積み重ねた先にしか、本当の信頼関係は生まれない。
もし今、SNSを見すぎて「女性なんてみんな同じだ」と感じ始めているなら、一度スマホを置いてほしい。
そして思い出してほしい。
あなたが将来結婚する相手は、「女性代表」ではない。
たまたま出会った、たった一人の人間なのだ。
次章では、なぜここまで過激な男女論コンテンツがSNS上で量産されるのか、その裏側にある「怒りのビジネス構造」について掘り下げていきたい。
第5章 男女論コンテンツが売れる理由
――なぜSNSは「男VS女」をやめられないのか――
「最近の女は本当に終わってる。」
「男なんて結局みんな同じ。」
「弱者男性は救われない。」
「婚活女性は高望みしすぎ。」
「結婚なんて男の墓場。」
「専業主婦希望の女は寄生虫。」
「ATM扱いする女はクズ。」
Xを見ていると、こうした投稿が延々と流れてくる。
そして不思議なことに、それらは驚くほど伸びている。
数千いいね。
数万インプレッション。
大量の引用リポスト。
「わかる」「本当にそう」「俺も同じ経験した」といった共感の嵐。
その様子を見ていると、
「やっぱり世の中ってこうなんだな」
「みんな同じことを思っているんだな」
という気持ちになってくる。
しかし、ここで一つ冷静になって考えてみてほしい。
なぜ、こうした投稿ばかりが目立つのだろうか。
なぜ、「今日は夫婦で楽しくスーパーに行きました」という投稿ではなく、「女はクズ」「男は終わってる」という投稿が何万回も表示されるのだろうか。
その理由は、とてもシンプルだ。
怒りは、最も売れる感情だからである。
人間は「怒り」に最も反応する
SNSが存在しなかった時代から、人間はネガティブな情報に強く反応する生き物だった。
たとえば原始時代。
「向こうに美味しい木の実があります。」
という情報より、
「向こうに猛獣がいます。」
という情報のほうが、生存に直結する。
危険を察知できない個体は生き残れない。
だから、人間の脳は本能的にネガティブな情報を優先するようにできている。
心理学では、これを「ネガティビティ・バイアス」と呼ぶ。
そしてSNSは、この人間の本能を極限まで利用する仕組みになっている。
平和な話題。
穏やかな日常。
普通の恋愛。
こうしたものは、見ても特に感情は動かない。
しかし、
「婚活女が年収1000万円以下を切り捨てた」
「デート代を払わない男に女性が激怒」
「既婚男性が不倫を正当化」
といった投稿を見ると、人は反応する。
「なんだそれ!」
「ありえない!」
「腹立つ!」
怒り。
嫌悪。
驚き。
そうした強い感情が生まれる。
そして人は、感情が動いたものほど拡散したくなる。
結果として、
怒らせる投稿ほど伸びる。
という構造ができあがる。
男女対立は「簡単に敵を作れる」
さらに、男女論にはもう一つ強みがある。
それは、
敵を作りやすいこと
だ。
政治の話は難しい。
経済の話も難しい。
法律の話も前提知識が必要だ。
しかし、男女関係は違う。
誰もが経験者だからだ。
男性なら女性との関わりがある。
女性なら男性との関わりがある。
だから、
「男ってこうだよね。」
「女ってこうだよね。」
という話題には、誰でも参加できる。
しかも、敵が明確だ。
自分の嫌な経験と結びつけやすい。
「あの元カノもそうだった。」
「昔の上司もそうだった。」
「婚活で会ったあの人もそうだった。」
だから共感が生まれる。
そして共感は、怒りを正当化する。
「やっぱり俺だけじゃなかったんだ。」
「みんな同じことを感じてたんだ。」
そうして、
「男VS女」
という対立構造が完成する。
発信者も「過激化」していく
ここで考えてみてほしい。
もしあなたが発信者だったとして、
普通の投稿が1000インプレッション。
男女対立の投稿が10万インプレッション。
だったら、どちらを投稿したくなるだろうか。
もちろん、後者だ。
最初は、
「こういう女性もいますよ。」
という穏やかな発信だった人も、
「婚活女性は高望みしすぎ。」
「最近の女は終わってる。」
「男は搾取されている。」
という強い言葉のほうが伸びることに気づく。
すると、
もっと強い言葉。
もっと刺激的な表現。
もっと極端な事例。
を使うようになる。
昨日まで、
「一部の女性にはこういう傾向があります。」
と言っていた人が、
今日は、
「女は全員こう。」
になり、
明日には、
「結婚なんてする奴はバカ。」
になる。
なぜか。
そのほうが数字になるからだ。
つまり、
SNSは、穏やかな人ほど目立たず、過激な人ほど目立つ仕組みになっている。
のである。
男女対立は「ビジネス」になる
ここまでくると、男女論は単なる意見ではなくなる。
コンテンツになる。
ビジネスになる。
フォロワーが増える。
広告収益が増える。
有料noteが売れる。
オンラインサロンに人が集まる。
コンサル商品が売れる。
つまり、
怒らせるほど儲かる。
という構造が生まれる。
これは男性向けも女性向けも同じだ。
「婚活女性はクズ。」
「弱者男性は救われない。」
「男はATM。」
「専業主婦は寄生虫。」
どちら側にも煽る人がいる。
そして、お互いの怒りを燃料にして伸びていく。
だからこそ、
「この発信者は本当に私の幸せを願っているのだろうか?」
と一度立ち止まって考える必要がある。
怒りは気持ちいい
ここで厄介なのは、
怒りには快感がある
ということだ。
「あいつらが悪い。」
「自分は被害者だ。」
「敵が悪い。」
こう考えている間は、楽だ。
自分を変えなくていい。
努力しなくていい。
現実を見なくていい。
失敗の原因を外に置ける。
たとえば婚活でうまくいかなかったとき。
「会話が下手だったかもしれない。」
「清潔感をもっと改善できたかもしれない。」
「相手への配慮が足りなかったかもしれない。」
こう考えるのは苦しい。
なぜなら、自分と向き合わなければならないからだ。
一方で、
「女が悪い。」
「男が悪い。」
で済ませれば楽だ。
だから、人は怒りに依存する。
そして、怒りを供給してくれるコンテンツを求め続ける。
男女対立にハマるほど現実から遠ざかる
しかし、ここには大きな落とし穴がある。
怒りのコンテンツばかり見ていると、
現実の異性まで敵に見えてくる。
婚活相手が、
「この人もどうせ裏があるんだろう。」
「俺を利用するつもりなんだろう。」
「結局条件しか見てないんだろう。」
そんなふうに見えてしまう。
すると、自然なコミュニケーションができなくなる。
疑う。
試す。
身構える。
減点する。
その結果、相手も心を閉ざす。
そして、
「やっぱり女はこうだ。」
「やっぱり男はこうだ。」
という確信を深めてしまう。
本当は、自分自身の警戒心が関係を壊しているにもかかわらず。
こうして男女対立は自己増殖していく。
本当に幸せな人は、男女論を卒業していく
少し意地悪な言い方をすると、
幸せな結婚生活を送っている人ほど、SNSで男女論を戦わせていない。
もちろん例外はある。
しかし多くの場合、
仕事をして。
家族と過ごして。
子どもの世話をして。
趣味を楽しんで。
友人と会って。
日常を生きている。
忙しいのだ。
だから、毎日SNSで「男は」「女は」と戦っている暇がない。
一方で、不満や怒りは発信の原動力になる。
だからこそ、SNSを見ると、
不幸な声ばかりが目立つ。
しかし、
目立つものが多数派とは限らない。
ということを忘れてはいけない。
「この投稿を見続けた先に、自分は幸せになれるのか」
もし今、あなたのタイムラインが男女対立で埋まっているなら、一度自分に問いかけてほしい。
「この投稿を一年見続けた先に、自分は幸せになっているだろうか。」
女性不信が強くなる。
男性不信が強くなる。
婚活が嫌になる。
異性を見るたびに敵意を抱く。
もしそうなる未来しか見えないのなら、その情報はあなたにとって有害なのかもしれない。
情報とは、本来、自分の人生を良くするためにあるものだ。
怒りに飲み込まれるためではない。
婚活を前に進めるために必要なのは、「敵」を増やすことではない。
現実を見て、自分を磨き、目の前の一人と誠実に向き合うことだ。
次章では、こうした男女論にハマることで、実際の婚活にどのような悪影響が出るのか――「男女対立にハマると婚活は確実に不利になる理由」について掘り下げていきたい。
第6章 男女対立にハマると婚活は確実に不利になる
――「どうせ女なんて」が、あなたの魅力を奪っていく――
「別に、SNSで男女論を見てるだけだし。」
「女なんて信用できないと思ってるけど、表には出してない。」
「情報として知っておくだけだから問題ない。」
そう思っている男性もいるかもしれない。
しかし、残念ながら、人間は自分が思っている以上に「内面」が外に漏れ出る生き物だ。
そして、男女対立にどっぷり浸かった男性は、驚くほど高い確率で婚活がうまくいかなくなる。
なぜなら、
「どうせ女なんて」という前提は、言葉以上に態度として表れるからだ。
しかも本人は、それに気づいていないことが多い。
女性は「敵意」に敏感である
婚活をしていると、
「なんかこの人、怖いな。」
「悪い人じゃないんだけど、一緒にいると疲れる。」
「何を考えているのかわからない。」
そんな印象を持たれてしまう男性がいる。
本人は普通に振る舞っているつもりだ。
笑顔も作っている。
会話もしている。
失礼なことは言っていない。
それなのに、なぜか次につながらない。
その原因の一つが、
根底にある『不信感』
だったりする。
「どうせ裏があるんだろう。」
「本音では金しか見てないんだろう。」
「俺を利用する気なんじゃないか。」
そんな前提で相手を見ると、自然と警戒心がにじみ出る。
質問の仕方。
リアクション。
相槌。
視線。
声のトーン。
ちょっとした間。
人は驚くほど細かいところから相手の感情を読み取っている。
だからこそ、
「なんかこの人、私のこと信用してない気がする。」
という違和感を相手は感じ取るのである。
減点方式の男になる
男女論にハマると、人を見る目が「加点方式」から「減点方式」に変わる。
たとえば、デート中。
普通なら、
「笑顔が素敵だな。」
「話しやすい人だな。」
「気遣いできる人だな。」
というふうに相手の良い部分を見る。
しかし、男女対立に染まると、
「奢ってもらうのが当然だと思ってそう。」
「返信遅いからキープしてるな。」
「結婚焦ってるんじゃないか。」
「俺の年収を探ってるな。」
というように、
『危険な女かどうか』をチェックする面接官
になってしまう。
もちろん、見るべきポイントはある。
明らかに失礼な態度。
価値観の大きなズレ。
金銭感覚の違い。
そうしたものは無視してはいけない。
しかし、最初から減点する前提で相手を見ると、誰と会っても欠点しか見えなくなる。
そして、
「まともな女なんていない。」
という結論にたどり着く。
当然だ。
最初から「粗探し」をしているのだから。
「試す男」は本当に嫌われる
女性不信が強くなると、男性は相手を試し始める。
返信をわざと遅らせる。
急にそっけなくする。
年収を隠して反応を見る。
わざと奢らずに様子を見る。
他の女性の話をして嫉妬させる。
わざと意地悪なことを言う。
「本当に俺のことを好きなら、これでも離れないはずだ。」
「この反応を見れば、本性がわかる。」
そんな心理だ。
しかし、はっきり言っておく。
これをされて喜ぶ女性はいない。
むしろ、
「なんか面倒くさい人だな。」
「素直に接してくれない。」
「一緒にいて安心できない。」
と思われて終わる。
そもそも、婚活とは信頼関係を築くプロセスだ。
それなのに、相手を試験官のように扱えば、信頼など育つはずがない。
そして、女性が離れていくと、
「やっぱり女は打算的だった。」
という結論を出してしまう。
違う。
あなたが試し続けたから、相手が疲れて去っていったのだ。
婚活で本当に強い男は「余裕がある男」
では、婚活でうまくいく男性はどんな人なのか。
もちろん一概には言えない。
しかし、共通している特徴がある。
それは、
余裕があること
だ。
ここでいう余裕とは、お金だけではない。
感情の余裕。
時間の余裕。
他人を受け止める余裕。
失敗しても立て直せる余裕。
「この人はこういう考えなんだな。」
「合わないなら仕方ない。」
「また次がある。」
そう考えられる人は強い。
逆に、
「絶対に裏切られる。」
「失敗したら終わり。」
「女なんて信用できない。」
という人は、常に緊張している。
余裕がない。
その緊張感は、相手にも伝わる。
そして、
「この人と一緒にいたら疲れそう。」
と思われてしまう。
婚活は「戦い」ではない
SNSを見ていると、
「恋愛市場で勝て。」
「女に搾取されるな。」
「男として負けるな。」
という言葉が溢れている。
まるで婚活が戦争のように描かれる。
しかし、本当にそうだろうか。
あなたは結婚したいのだろうか。
それとも、女性に勝ちたいのだろうか。
この二つは、まったく違う。
もし目的が「幸せな結婚」であるなら、
必要なのは敵を倒すことではない。
味方を見つけることだ。
同じ方向を向ける人。
困ったときに助け合える人。
安心して弱さを見せられる人。
一緒に笑える人。
そういう人を探すのが婚活だ。
なのに、
「敵か味方か。」
「騙されるか騙されないか。」
という視点だけで相手を見ると、どんどん孤独になっていく。
「普通の女性」は普通に傷つく
婚活をしている女性の多くは、実はとても普通だ。
真面目に働いている。
結婚したいと思っている。
でも、なかなかうまくいかない。
いい人だと思った相手に断られる。
既読スルーされる。
交際終了を告げられる。
傷つく。
落ち込む。
自信をなくす。
それでもまた前を向く。
実は、多くの女性も男性と同じように悩みながら婚活をしている。
だからこそ、
「どうせ女なんて。」
という前提で接するのは、とてももったいない。
相手もまた、傷つきながら頑張っている一人の人間かもしれないからだ。
「女という概念」ではなく、「目の前の人」を見る
結局のところ、男女対立にハマる最大の問題は、
『女性』という巨大なカテゴリーでしか人を見られなくなること
にある。
「女だからこう。」
「男だからこう。」
もちろん傾向はある。
統計もある。
経験則もある。
だが、それだけでは人はわからない。
同じ女性でも、
優しい人もいる。
厳しい人もいる。
おっとりした人もいる。
行動力のある人もいる。
節約家もいる。
浪費家もいる。
つまり、
目の前の相手を知ろうとする姿勢を失った瞬間、婚活はただの偏見のぶつけ合いになる。
そして、その偏見は、自分自身の魅力まで奪っていく。
婚活で最後に残るもの
婚活では、傷つくこともある。
理不尽なこともある。
嫌な思いをすることもある。
だからこそ、
「もう誰も信じたくない。」
と思う瞬間もあるだろう。
それでも、最後に結婚していく人たちは、
完全に人を信じ切れた人ではない。
傷ついた経験があっても、
「それでも、この人を知ってみよう。」
と思えた人たちだ。
疑うことは簡単だ。
怒ることも簡単だ。
SNSの男女論に浸れば、その正当性はいくらでも補強できる。
しかし、本当に勇気がいるのは、
偏見をいったん脇に置き、目の前の相手を一人の人間として見ることだ。
婚活で勝つために必要なのは、「女性攻略法」ではない。
他人への最低限の信頼と、自分自身の誠実さを失わないことなのである。
次章では、SNSではほとんど可視化されない「実際の婚活市場で出会う普通の女性たち」について掘り下げていきたい。そこには、Xのタイムラインとはまったく違う現実が広がっている。
第7章 実際の婚活市場で出会う女性たち
――Xのタイムラインには映らない「普通の人たち」の話――
ここまで読んできた人の中には、こんな疑問を抱く人もいるかもしれない。
「理屈はわかった。でも、実際の婚活市場って本当にそんなに普通の女性ばかりなの?」
Xを開けば、
「婚活女性は高望みばかり。」
「年収1000万円以下は相手にされない。」
「男はATM扱いされる。」
「結婚相談所はモンスターだらけ。」
そんな投稿が目に入る。
そして、そうした投稿ほど強烈な印象を残す。
だからこそ、実際に婚活を始める前から、
「どうせロクな女性はいないんだろう。」
「女性はみんな打算的なんだろう。」
という前提を持ってしまう男性も少なくない。
しかし、実際に婚活の現場に足を運んでみると、多くの人はあることに気づく。
「あれ? 思っていたより、普通の人ばかりだな。」
ということに。
婚活市場にいるのは「普通に生きてきた人たち」である
婚活パーティー。
結婚相談所。
マッチングアプリ。
そこで出会う女性たちは、基本的にはごく普通の人たちだ。
平日は会社で働いている。
事務職の人もいる。
営業職の人もいる。
看護師もいる。
保育士もいる。
公務員もいる。
経理担当もいる。
メーカー勤務もいる。
休日は友人とランチに行ったり、映画を観たり、カフェでのんびりしたり、実家に帰ったり、推し活をしたりして過ごしている。
そして、年齢を重ねる中で、
「そろそろ結婚したいな。」
「子どもを持つなら今かな。」
「一緒に人生を歩める人がほしいな。」
そう思って婚活を始めた人たちだ。
もちろん、全員が人格者ではない。
変わった人もいる。
相性の合わない人もいる。
失礼な人もいる。
だが、それは男性側も同じだ。
婚活市場は、「異常者の集まり」ではない。
ただ、
恋愛や結婚に悩みながら、それでも前に進もうとしている普通の人たちの集まり
なのである。
「売れ残り」という言葉の残酷さ
婚活市場について語るとき、ときどき「売れ残り」という言葉を使う人がいる。
しかし、この言葉ほど乱暴なものはない。
たとえば、
20代の頃は仕事に全力を注いできた人。
親の介護をしていた人。
長く付き合っていた恋人と別れた人。
病気で婚活どころではなかった人。
単純に出会いがなかった人。
恋愛が不器用だった人。
自分に自信が持てなかった人。
そういう人たちも婚活市場にはいる。
「もっと早く動けばよかった。」
「気づいたら30代になっていた。」
そんな後悔を抱えている人も少なくない。
でも、それは男性側も同じではないだろうか。
仕事に集中していた。
趣味に没頭していた。
恋愛経験が少なかった。
気づいたら30代になっていた。
だからこそ、
婚活市場にいる人たちは、お互いに『人生が少し不器用だった普通の人』だったりする。
その視点を持つだけで、相手を見る目は変わる。
婚活女性も、ちゃんと傷ついている
男性側から見ると、
「女性は選ぶ側。」
「男性は選ばれる側。」
という感覚を持つ人もいる。
特にマッチングアプリでは、女性のほうが多くの「いいね」を受け取る傾向があるため、そう感じやすい。
しかし、だからといって女性が楽をしているわけではない。
実際には、
真剣交際目前で断られる。
既婚者に騙される。
遊び目的の男性に時間を奪われる。
突然フェードアウトされる。
「子どもを望むなら年齢的に厳しい」と言われる。
「もう無理かもしれない」と泣く。
そうした経験をしている女性も多い。
ある意味では、
婚活とは、男性も女性も、お互いに傷つきながら続ける活動
なのだ。
だからこそ、「女性は楽をしている」と決めつけてしまうと、相手の苦労が見えなくなる。
「普通の女性」はSNSで発信しない
ここで改めて思い出してほしい。
Xでは極端な発言ほど目立つ。
「婚活男はATM。」
「年収○○万円以下は論外。」
「奢らない男は終わってる。」
こうした投稿は拡散される。
しかし、
「今日も仕事頑張った。」
「婚活うまくいかなくて落ち込んだ。」
「でも、また前向きに頑張ろう。」
そんな投稿は目立たない。
というより、多くの人はそもそも発信しない。
普通に生活しているからだ。
婚活の悩みを、親しい友人には話しても、不特定多数に向けて発信する人は少ない。
だから、
SNSでは『普通の人』が見えなくなる。
その結果、
「過激な女性=女性全体」
という誤解が生まれる。
だが、現実で出会う人たちは違う。
むしろ、大半は静かに悩み、静かに努力している人たちだ。
「いい人だけど…」の裏側
婚活をしていると、「いい人なんだけど…」という言葉をよく耳にする。
男性は、
「何がダメだったんだ?」
と思う。
女性も同じだ。
「こんなに頑張ったのに、なんで?」
と思う。
ここには悪意がないことも多い。
恋愛感情。
価値観。
将来像。
話していて感じる安心感。
生活リズム。
家庭観。
そうした細かなズレの積み重ねが、「違うかもしれない」という結論につながる。
婚活は就職活動にも似ている。
優秀だから採用されるとは限らない。
相性もある。
タイミングもある。
だからこそ、
断られた=人格否定ではない。
という視点は大切だ。
そして、相手もまた同じように悩んでいることを忘れてはいけない。
「女性という概念」ではなく、「○○さん」と向き合う
ここまで読んできた人なら、もう気づいているかもしれない。
婚活がうまくいく人は、
「女性」という巨大なカテゴリーで相手を見ない。
「女はこう。」
「女ってさ。」
ではなく、
「○○さんはどういう人なんだろう。」
という視点を持っている。
たとえば、
笑いのツボが合う人。
家族思いな人。
食の好みが似ている人。
仕事への価値観が近い人。
気遣いのできる人。
少し不器用だけど誠実な人。
そうやって、
目の前の一人を知ろうとする。
すると、「女性全体への怒り」は自然と薄れていく。
なぜなら、人は具体的な相手に対しては、案外優しくなれるからだ。
現実は、SNSよりずっと地味で、ずっと優しい
婚活の現実は、SNSで語られるほどドラマチックではない。
毎日誰かがシャンパンを開けるわけでもない。
年収バトルが繰り広げられるわけでもない。
「男VS女」の戦争が起きているわけでもない。
実際には、
少し緊張しながら待ち合わせをして。
何を話そうか考えて。
共通点を探して。
また会いたいか悩んで。
断って落ち込んで。
断られて落ち込んで。
それでも、「次こそは」と前を向く。
そんな地味な積み重ねだ。
でも、だからこそ本物でもある。
Xのタイムラインは刺激的だ。
怒りもある。
笑いもある。
中毒性もある。
しかし、
あなたが結婚するのは、タイムラインの向こう側にいる「女性代表」ではない。
婚活パーティーで緊張しているあの人かもしれない。
マッチングアプリで丁寧に返信してくれたあの人かもしれない。
結婚相談所で勇気を出して申し込みをしてくれたあの人かもしれない。
そう考えると、見える景色は少し変わる。
SNSの男女論よりも、現実の一人。
偏見よりも、対話。
怒りよりも、理解。
婚活とは、結局のところ、その繰り返しなのだ。
次章では、では実際に婚活男性は「どんな情報を参考にすべきなのか」。SNSとの正しい距離感や、現実的な情報収集の方法について掘り下げていきたい。
第8章 では、どんな情報を参考にすべきか
――婚活男性のための「情報ダイエット」のすすめ――
ここまで読んできた人の中には、こんな疑問を持った人もいるだろう。
「じゃあ、SNSの男女論がダメなら、何を参考にすればいいんだ?」
「女性について何も学ばなくていいの?」
「情報収集自体が無意味なの?」
もちろん、そんなことはない。
むしろ、婚活において情報収集は非常に重要だ。
問題なのは、
どの情報を、どの程度信じるか。
なのである。
現代は情報が多すぎる。
昔なら、恋愛や結婚に関する知識は親や友人から得るしかなかった。
しかし今は違う。
X。
YouTube。
TikTok。
Instagram。
note。
ブログ。
オンラインサロン。
恋愛コンサル。
婚活アドバイザー。
結婚相談所。
誰もが「恋愛の専門家」を名乗れる時代だ。
だからこそ、
情報との付き合い方そのものが、婚活力になる。
のである。
「誰が言っているのか」を見る
まず大切なのは、
「何を言っているか」だけでなく、「誰が言っているのか」を見ること。
たとえば、
夜職経験者。
結婚相談所の仲人。
既婚者。
マッチングアプリで1000人以上と会った人。
恋愛コンサル。
心理学者。
研究者。
それぞれ見ている世界が違う。
当然、語る内容も変わる。
夜職経験者なら、
「男性の承認欲求」
については鋭いかもしれない。
結婚相談所の仲人なら、
「成婚する人の特徴」
について詳しいかもしれない。
心理学者なら、
「人間関係のメカニズム」
を説明できるかもしれない。
つまり、
すべての発信者は、自分の見てきた世界を通してしか語れない。
のである。
だから、「この人の言葉が絶対に正しい」と思い込むのではなく、
「この人はこういう世界を見てきた人なんだな。」
という距離感が必要になる。
統計は、個人の体験談より優先する
人はストーリーに弱い。
「私は婚活でこんなひどい目に遭いました。」
「年収○○万円の男性と結婚しました。」
「低年収男性と結婚して後悔しました。」
こうした体験談は面白い。
感情も動く。
しかし、
体験談は、あくまで一例に過ぎない。
ということを忘れてはいけない。
たとえば、
「10人中2人が失礼だった。」
という現実があったとしても、
その2人の話だけを聞けば、
「婚活市場は地獄だ。」
という印象になる。
だからこそ、
結婚相談所の成婚データ。
公的機関の統計。
アンケート調査。
大規模データ。
そうしたものも参考にしたほうがいい。
もちろん統計にも限界はある。
しかし、
「私の友達がこうだった。」
「フォロワー10万人の○○さんがこう言ってた。」
よりは、全体像を把握しやすい。
婚活は感情の世界であると同時に、データの世界でもある。
一番信用できるのは「自分の経験」である
ただし、最終的に最も重要なのは、
あなた自身の経験
だ。
婚活パーティーで10人と話した経験。
マッチングアプリで20人と会った経験。
結婚相談所で交際した経験。
実際にデートした経験。
失敗した経験。
成功した経験。
これらは、誰にも奪えない財産になる。
たとえば、
「女性はみんな高年収しか見ていない。」
という情報を見たとしても、
実際に会った女性たちがそうではなかったなら、
あなたにとっての現実はそちらだ。
逆に、
「清潔感は大事。」
というアドバイスを受けて改善した結果、反応が良くなったなら、
それはあなたにとって価値のある情報だ。
つまり、
情報は、自分の経験によって検証していくもの。
なのである。
「女性について学ぶ」より、「人間について学ぶ」
婚活男性の中には、
「女性攻略法」
を探し続ける人がいる。
女性のLINE術。
女性心理。
脈ありサイン。
モテ会話。
恋愛テクニック。
もちろん、役立つものもある。
しかし、それ以上に役立つのは、
人間そのものへの理解を深めること
だ。
人は承認されたい。
人は不安になる。
人は傷つく。
人は安心したい。
人は自分を理解してほしい。
こうした普遍的な心理を学ぶほうが、結果として異性理解にもつながる。
実際、結婚生活に必要なのは、
「女性攻略法」ではなく、
「人間関係構築力」
だからだ。
現場経験に勝るものはない
婚活男性にありがちなのが、
情報収集だけして行動しないことだ。
動画を見る。
noteを読む。
Xを眺める。
本を読む。
しかし、申し込みはしない。
デートもしない。
婚活パーティーにも行かない。
これは、受験勉強でいうところの、
参考書だけ読んで問題演習をしない状態
である。
どれだけ野球の本を読んでも、実際にバットを振らなければ上達しない。
どれだけプログラミング本を読んでも、コードを書かなければ身につかない。
婚活も同じだ。
実際に会う。
話す。
失敗する。
振り返る。
改善する。
このサイクルを回した人が、最終的には強い。
そして、行動すればするほど、
SNSの極端な男女論はどうでもよくなっていく。
なぜなら、
現実のほうが圧倒的に情報量が多いからだ。
からである。
情報は「元気になるもの」を選ぶ
ここで、一つの基準を紹介したい。
それは、
「この情報に触れたあと、自分は前向きになれるか?」
という基準だ。
婚活は長期戦になることもある。
だからこそ、メンタル管理は重要だ。
もし、
そのアカウントを見るたびに女性不信になる。
その動画を見るたびに怒りが湧く。
そのnoteを読むたびに絶望する。
そんな情報ばかり摂取しているなら、それは毒かもしれない。
逆に、
「よし、また頑張ろう。」
「自分も改善できそうだ。」
「参考になった。」
そう思える情報は、あなたの力になる。
情報とは、本来、
行動するためのエネルギーを与えてくれるもの
であるべきなのだ。
情報収集の目的を忘れない
最後に、一番大切なことを伝えたい。
あなたは、何のために情報を集めているのだろうか。
女性を論破するためだろうか。
SNSで勝つためだろうか。
「やっぱり女はダメだ」と証明するためだろうか。
違うはずだ。
あなたが本当に欲しいものは、
幸せな結婚生活
ではないだろうか。
安心して帰れる家。
一緒に笑える相手。
困ったときに支え合える関係。
将来について語り合える存在。
そのために婚活をしているはずだ。
だとすれば、
情報収集もまた、
「幸せな結婚に近づくための手段」
であるべきだ。
怒りを増幅させるためではない。
偏見を強化するためでもない。
行動し、学び、改善するために使うものだ。
そして最終的には、
誰かの男女論ではなく、
あなた自身の経験と価値観によって、「自分なりの答え」を作っていけばいい。
次章では、「女とはこういうもの」という固定観念そのものをどう手放していくのか――婚活における『個人を見る力』について掘り下げていきたい。
第9章 「女とはこういうもの」を捨てろ
――固定観念を手放した先に、本当の出会いがある――
ここまで読んできたあなたは、もしかすると少しモヤモヤしているかもしれない。
「でも、女性には女性の傾向ってあるよね?」
「男女差そのものを否定するのは綺麗事じゃないの?」
「結局、何も判断基準を持つなってこと?」
その疑問はもっともだ。
実際、男女には平均的な傾向の違いは存在する。
男性のほうが競争性が強い傾向があるとか。
女性のほうが共感を重視する傾向があるとか。
男性は視覚情報に影響されやすいとか。
女性は安心感を重視しやすいとか。
統計として見れば、そうした違いはある。
だから、
「女性にはこういう傾向があるらしい。」
という知識そのものが悪いわけではない。
問題なのは、それがいつの間にか、
「女とはこういう生き物だ。」
という決めつけに変わってしまうことなのである。
人は「カテゴリー」で考えたくなる
人間の脳は、省エネを好む。
毎回ゼロから相手を理解しようとすると、ものすごく疲れる。
だから、
「この人は営業職だから社交的だろう。」
「理系だから無口そう。」
「長男だから責任感が強そう。」
「東京出身だから○○。」
そんなふうにカテゴリーで判断する。
これは悪いことではない。
脳の正常な働きだ。
問題は、
カテゴリーを『仮説』ではなく『結論』として扱ってしまうこと。
にある。
たとえば、
「女性は共感を重視する傾向がある。」
という知識を持っていたとする。
これ自体は、コミュニケーションの参考になる。
しかし、それが、
「だから女性は論理的な話ができない。」
「だから女は感情的だ。」
という結論になると危険だ。
目の前の相手がどんな人かを見る前に、答えを決めてしまっているからである。
「女は○○」という人ほど、人を見ていない
婚活をしていると、
「女ってこうだよな。」
「やっぱり女は○○。」
と断言する男性に出会うことがある。
しかし、よく話を聞いてみると、
実際には数人の女性との経験しかなかったりする。
元カノ一人。
マッチングアプリで会った数人。
婚活パーティーで話した数人。
あるいは、Xで見た投稿。
たったそれだけの情報から、
「女性とはこういう生き物だ。」
という壮大な結論を出してしまう。
でも、これって少し変ではないだろうか。
たとえば、二人の上司が嫌な人だったからといって、
「会社員は全員クズだ。」
とはならない。
一人の医者の対応が悪かったからといって、
「医者は全員冷たい。」
ともならない。
なのに、異性の話になると、人は驚くほど簡単に一般化してしまう。
それは、恋愛や婚活が感情を強く揺さぶるからだ。
傷ついた経験ほど、強く記憶に残る。
だからこそ、
「女性というカテゴリー」
で理解したくなるのである。
「傾向」と「個人」を区別する
ここで大切なのは、
傾向は参考にしても、個人を上書きしないこと。
だ。
たとえば、
「女性は安心感を重視する傾向がある。」
という知識を持っていたとする。
だからといって、
目の前の女性が全員そうとは限らない。
刺激的な恋愛を好む人もいる。
バリバリ働きたい人もいる。
専業主婦を望む人もいる。
子どもが欲しくない人もいる。
地方移住したい人もいる。
海外で働きたい人もいる。
つまり、
統計は地図にはなるが、目の前の人そのものではない。
のである。
地図だけを見て歩けば、現実の道に迷う。
現実の道を歩くには、目の前の景色を見る必要がある。
「この人はどんな人なんだろう」
婚活がうまくいく人は、質問が違う。
うまくいかない人は、
「女性って何を考えてるんだろう。」
と考える。
一方で、うまくいく人は、
「この人はどんな人なんだろう。」
と考える。
どんな家庭で育ったんだろう。
何を大切にしているんだろう。
どんなことで笑うんだろう。
どんなときに傷つくんだろう。
どんな人生を送りたいんだろう。
そうやって、目の前の相手への興味を持つ。
これは、実は婚活において非常に強い武器になる。
なぜなら、人は、
「自分に興味を持ってくれる人」に安心するからだ。
逆に、
「女性攻略法を試されている。」
「女というカテゴリーとして扱われている。」
と感じると、距離を置きたくなる。
婚活は「仮説修正ゲーム」である
ここで、少し別の視点を紹介したい。
婚活は、
仮説修正ゲーム
でもある。
最初は誰だって偏見を持っている。
「こういう女性が合いそう。」
「こういうタイプは苦手。」
「自分は○○な人と結婚したい。」
しかし、実際に会ってみると、
「あれ? 思ってたより話しやすい。」
「意外と価値観が合う。」
「逆に理想だと思ってた人とは合わない。」
そんなことが起きる。
つまり、
現実と接するたびに、自分の価値観を更新していく。
ことが大切なのだ。
そして、更新できる人ほど婚活はうまくいく。
逆に、
「女はこう。」
「俺の考えが正しい。」
と固定化してしまう人は苦しくなる。
なぜなら、現実は常にその固定観念を裏切るからだ。
「偏見を持たない」ではなく、「偏見に気づく」
ここで誤解してほしくない。
人は誰でも偏見を持つ。
完全にフラットな人間など存在しない。
だから、
偏見を持たないことが大事なのではない。
むしろ、
「今、自分は偏見で見ていないだろうか?」と気づけること。
が重要なのだ。
「あ、この人のことを『女性だから』で判断していたかもしれない。」
「過去の嫌な経験を重ねて見ているかもしれない。」
「Xで見た情報を当てはめているかもしれない。」
そうやって一歩立ち止まれる人は強い。
偏見に気づける人は、修正できる。
しかし、自分の偏見を真実だと思い込んでしまうと、修正できなくなる。
「女性という概念」と結婚するわけではない
結局のところ、婚活で一番大切なのはこれに尽きる。
あなたが結婚するのは、「女性」という概念ではない。
統計ではない。
SNSの発信者ではない。
Xでバズっている悪女でもない。
女性代表でもない。
あなたの前に現れた、たった一人の人間だ。
料理が好きかもしれない。
旅行が好きかもしれない。
本が好きかもしれない。
ちょっと頑固かもしれない。
優しいけれど不器用かもしれない。
そんな、一人の人だ。
だからこそ、
「女とはこういうものだ。」
という便利な答えを手放した先に、本当の出会いがある。
固定観念は安心を与えてくれる。
でも、その安心と引き換えに、目の前の人を見る力を奪ってしまう。
婚活とは、偏見を確認する作業ではない。
むしろ、
「人って思ったより複雑なんだな。」
ということを学び続ける旅なのかもしれない。
そして、その複雑さを面倒だと思わず、面白いと思えるようになったとき。
あなたはようやく、「女性」という概念ではなく、「誰か一人」を愛する準備が整うのだ。
次章では、本記事のまとめとして、「婚活男性が本当に見るべきもの」について改めて整理していきたい。SNSではなく現実を見るとはどういうことなのか。そして、これから婚活を続けていく上で、本当に大切な視点について考えていこう。
第10章 婚活男性が本当に見るべきもの
――SNSではなく、現実を見ろ。そして自分を育てろ。――
ここまで、「Xの水商売アカは絶対見るな」という少し強いタイトルのもとで話を進めてきた。
なぜ男性は過激な男女論に惹かれるのか。
なぜ水商売という特殊な環境の価値観を一般化してはいけないのか。
なぜ「女は金しか見ていない」「女は全員計算高い」といった考え方が危険なのか。
そして、男女対立にハマるほど婚活がうまくいかなくなる理由についても見てきた。
では結局のところ、婚活男性は何を見ればいいのだろうか。
答えは、驚くほどシンプルである。
SNSではなく、現実を見ろ。
他人ではなく、自分を育てろ。
これに尽きる。
あなたの人生は、タイムラインの中にはない
Xを見ていると、つい錯覚してしまう。
「世の中の女性はこうなんだ。」
「婚活市場ってこんなに地獄なんだ。」
「男はもう終わってる。」
しかし、スマホを閉じた瞬間、その世界は消える。
あなたの人生は、そこにはない。
朝起きて、仕事をして。
勉強して。
ジムに行って。
散歩して。
友人と話して。
美容院に行って。
家族と連絡を取って。
婚活のためにプロフィールを整えて。
勇気を出して申し込みをして。
緊張しながらデートに向かう。
あなたの人生は、その積み重ねの中にある。
タイムラインの向こう側ではない。
目の前の現実の中にある。
にもかかわらず、SNSばかり見ていると、
「行動している気分」だけが積み上がっていく。
これほど危険なことはない。
女性分析より、自分磨きのほうがリターンが大きい
婚活男性の中には、「女性心理」を勉強することに夢中になる人がいる。
女性のLINE術。
女性の本音。
脈ありサイン。
恋愛テクニック。
もちろん、それらも役に立つ。
しかし、冷静に考えてみてほしい。
もしあなたが、
睡眠不足で。
不健康で。
髪はボサボサで。
服装も適当で。
会話力もなくて。
感情の起伏が激しくて。
仕事への意欲もなくて。
家事もできなくて。
「女性心理」だけを完璧に理解していたとして、それで結婚できるだろうか。
おそらく難しい。
逆に、
しっかり働いていて。
清潔感があって。
健康管理もできていて。
人当たりも穏やかで。
相手への配慮もできていて。
感情も安定していて。
生活力もある。
そんな男性は、女性心理の本を一冊も読んでいなくても結婚していくことがある。
つまり、
女性分析より、自分磨きのほうが圧倒的に費用対効果が高い。
のである。
婚活は「総合格闘技」である
婚活に魔法の裏技はない。
結局のところ、
外見。
清潔感。
コミュニケーション能力。
経済力。
生活力。
感情の安定。
誠実さ。
行動力。
継続力。
そうしたものの総合点で決まる。
だからこそ、
「このテクニックさえあれば勝てる。」
「女性の裏側さえ知れば攻略できる。」
という発想は危険だ。
婚活は、恋愛ハックではない。
人生そのものだからだ。
そして人生は、小手先のテクニックだけでは乗り切れない。
自分の市場価値と向き合う勇気
ここで少し耳の痛い話をしよう。
婚活では、自分自身と向き合う必要がある。
年齢。
収入。
外見。
コミュニケーション能力。
生活習慣。
価値観。
理想の高さ。
「自分はどんな人間なのか。」
「どんな人となら幸せになれそうなのか。」
これを考え続ける作業でもある。
SNSの男女論は楽だ。
「女が悪い。」
「男が悪い。」
で終われるからだ。
しかし、自分自身を見るのは苦しい。
改善点が見えてしまうからだ。
でも、本当に人生を変えるのはそちらである。
他人を変えることはできない。
でも、自分を変えることはできる。
だからこそ、婚活は成長の機会でもある。
「普通の男」を目指せ
最近の婚活界隈では、
「ハイスペック男性」
という言葉がもてはやされる。
年収1000万円。
高身長。
イケメン。
難関大学卒。
外資系勤務。
もちろん、そうした男性は有利だろう。
しかし、多くの人はそこを目指せない。
そして、目指す必要もない。
むしろ重要なのは、
「ちゃんとした普通の男」になること。
きちんと働く。
健康を維持する。
清潔感を整える。
感情を安定させる。
約束を守る。
相手を尊重する。
感謝を伝える。
家事もできる。
困ったときに話し合える。
実は、この「普通」ができる男性は意外と少ない。
だからこそ、これを積み重ねるだけでも婚活では十分に戦える。
婚活は「選ばれる」だけではない
婚活男性は、
「選ばれなきゃ。」
「断られたら終わりだ。」
と考えがちだ。
しかし、本来の婚活は違う。
あなたも選ぶ側だ。
この人と一緒にいたいか。
安心できるか。
価値観は合うか。
尊敬できるか。
将来を想像できるか。
そうやって、お互いに確認し合う作業だ。
だから、
断られた=負け
ではない。
単に、
相性が違った。
というだけのことも多い。
その視点を持てる人は、必要以上に自分を責めなくなる。
そして、相手を恨まなくなる。
「どうせ女なんて」を卒業する
この章のタイトルは、
「婚活男性が本当に見るべきもの」
だった。
結局、それは何なのか。
それは、
目の前の現実。
そして、自分自身である。
Xの水商売アカ。
過激な男女論。
刺激的な体験談。
それらは暇つぶしとしてなら面白いかもしれない。
一部には学びもあるだろう。
しかし、
それを人生の教科書にしてはいけない。
「どうせ女なんて。」
という言葉は、一見すると自分を守ってくれる。
期待しなければ傷つかない。
信じなければ裏切られない。
でも、その代わりに、
誰かを本気で好きになる可能性まで奪ってしまう。
信頼する力まで失ってしまう。
そして最終的には、自分自身を孤独にしてしまう。
婚活のゴールは、「勝つこと」ではない
最後に、もう一つだけ伝えたい。
婚活のゴールは、
異性に勝つことではない。
SNSで論破することでもない。
「やっぱり俺が正しかった」と証明することでもない。
あなたが本当に欲しいものは何だろうか。
疲れて帰ったときに、「おかえり」と言ってくれる人。
嬉しいことを共有できる人。
辛いときに支え合える人。
どうでもいい話で笑える人。
十年後、二十年後も隣にいてほしいと思える人。
そういう存在ではないだろうか。
だとすれば、必要なのは怒りではない。
偏見でもない。
他人への不信でもない。
必要なのは、
現実を見ること。
自分を育てること。そして、目の前の一人を大切にすること。
その積み重ねの先にしか、本当に幸せな結婚は存在しない。
もし今、SNSの男女論に疲れているなら、一度スマホを閉じてみてほしい。
そして、散歩でもしてみよう。
髪を切りに行こう。
筋トレをしよう。
仕事を頑張ろう。
誰かに申し込んでみよう。
現実は、タイムラインよりずっと地味だ。
でも、タイムラインよりずっと優しい。
そして、その現実の中にこそ、あなたが探している幸せはきっとあるのだから。
おわりに
「女性という概念」ではなく、「一人の人間」と出会うために
ここまで読んでくれて、本当にありがとう。
改めて言っておきたいのは、本記事は「水商売の女性はダメだ」と言いたいわけではない、ということだ。
夜の世界で働く女性たちにも、それぞれの人生がある。彼女たちは特殊な環境の中で、多くの男性と接し、そこで得た経験をもとに発信している。その経験談の中には、「耳が痛いけれど参考になる話」も確かにあるだろう。
問題なのは、その特殊な環境で得られた価値観を、
「女性全体の真実」だと思い込んでしまうこと
なのである。
そして、それは水商売アカウントに限った話ではない。
「婚活女性は全員高望みしている。」
「男はみんな浮気する。」
「女は金しか見ていない。」
「弱者男性は救われない。」
「結婚なんて人生の墓場だ。」
SNSには、そうした極端な言葉が溢れている。
なぜなら、そのほうが伸びるからだ。
怒りは拡散される。
不安は共有される。
敵を作るコンテンツは、中毒性がある。
そして、婚活で傷ついた人ほど、その言葉に救われてしまう。
「やっぱり自分が悪かったわけじゃないんだ。」
「相手が悪かったんだ。」
そう思えれば、一時的には楽になる。
でも、その安心感と引き換えに、私たちは少しずつ「人を見る力」を失っていく。
目の前の女性を見る前に、「どうせ女なんて」と決めつけるようになる。
相手の優しさよりも、裏切りの可能性を探すようになる。
信頼したいのに、信頼できなくなる。
そして気づけば、「幸せな結婚がしたい」という本来の目的ではなく、「傷つかないこと」や「騙されないこと」が人生のテーマになってしまう。
それは、とても悲しいことだと思う。
もちろん、婚活は綺麗事だけではない。
理不尽な経験もあるだろう。
誠実に向き合ったのに断られることもある。
相性の悪い人に出会うこともある。
傷つくこともある。
もう誰も信じたくないと思う夜もある。
でも、それでも。
それでもなお、
「この人はどんな人なんだろう。」
という視点を持ち続けられる人が、最後には幸せをつかんでいくのではないだろうか。
婚活とは、「女性」という巨大なカテゴリーを攻略するゲームではない。
目の前の一人と向き合い、その人を理解しようとし、自分自身も理解してもらう営みだ。
だから、もし今あなたのタイムラインが怒りや不信感で埋め尽くされているなら、一度スマホを閉じてほしい。
散歩に出てみよう。
美容院に行ってみよう。
筋トレをしてみよう。
部屋を掃除してみよう。
プロフィール写真を撮り直してみよう。
勇気を出して、誰かに申し込んでみよう。
現実は、SNSほど刺激的ではない。
でも、現実はSNSよりもずっと誠実だ。
実際の婚活市場には、不器用ながらも真面目に生きてきた人たちがいる。
傷つきながらも、誰かと幸せになりたいと願っている人たちがいる。
そして、あなた自身もまた、その一人なのだ。
「どうせ女なんて。」
そんな言葉で、自分の未来を狭めないでほしい。
あなたが結婚する相手は、「女性代表」ではない。
タイムラインの向こう側にいる誰かでもない。
たまたま人生のどこかで出会った、たった一人の人間だ。
その人と笑い合い、支え合い、「この人と出会えてよかった」と思える人生をつくること。
それこそが、婚活の本当のゴールなのだと思う。
SNSの男女論よりも、現実の一人を。
怒りよりも、理解を。
偏見よりも、対話を。
そして、「女性という概念」ではなく、「目の前の一人の人間」と出会う勇気を。
あなたの婚活が、少しでも穏やかで、幸せなものになることを願っている。


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